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横浜地方裁判所 昭和56年(行ウ)17号 判決

原告

黒岩宏次

右訴訟代理人

岡村共栄

岡村三穂

中込光一

三竹厚行

被告

羽田正男

右訴訟代理人

青木逸郎

小澤淑郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、神奈川県足柄下郡真鶴町に対し、別紙物件目録記載の土地につき、横浜地方法務局小田原支局昭和五六年四月一七日受付第七三一六号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、神奈川県足柄下郡真鶴町(以下「真鶴町」という。)の住民である。

2  真鶴町は、昭和五六年四月一七日、被告に対し、同町所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金八二万三七五〇円(3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円)で売却し(以下「本件売買契約」という。)、同日付けで被告のために横浜地方法務局小田原支局第七三一六号所有権移転登記(以下「本件登記」という。)が経由されている。

3  しかしながら、本件売買契約は次の理由により違法無効である。

(一) 地方自治法(以下「法」という。)二三四条二項によれば、地方公共団体が随意契約により売買契約を締結することができるのは同法施行令(以下「令」という。)一六七条の二に規定された場合に限られるが、本件売買契約はそのいずれの場合にも該当しないにもかかわらず、随意契約により行われた。

(二) 本件売買契約時における本件土地の時価は3.3平方メートル当たり少なくとも一七万円であるにもかかわらず、右契約は条例に基づかず、また真鶴町議会の議決を経ないで、前記のとおり3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円の売買価格によつたものであつて、これは適正な価格による財産の譲渡を定める二三七条二項の規定に違反する。

4  そこで、原告は、昭和五六年六月一一日、法二四二条一項に基づき、真鶴町監査委員に対し、本件売買契約の違法無効及び原状回復を求めて住民監査請求を申し立てたが、同委員は、同年八月一〇日、右監査請求を棄却し、そのころ原告に対し、右結果の通知をした。

よつて、原告は、被告に対し、法二四二条の二第一項四号に基づき、真鶴町に代位して、本件登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は、認める。

2  同3(一)のうち、本件売買契約が随意契約によつて行われたことは認めるが、同契約の締結が令一六七条の二のいずれにも該当しないことは争う。

3  同3(二)のうち、本件売買契約が真鶴町議会の議決を経ていないことは認めるが、その余は否認する。

4  同4の事実は認める。

三  被告の主張

1(一)  真鶴町における議会の議決すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例三条が、一件五〇〇〇平方メートル未満の土地の売払いには議会の議決を要しない旨定めているので、本件売買契約においても、同町長は同町議会の議決を経ることなく本件売買契約を締結したものであり、更に、本件売買契約は、次に述べるとおり、いわゆる特別縁故者である被告に対する土地の売却であり、この場合には、令一六七条の二第一項二号の「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当し、原告主張の違法はない。すなわち、

(1) 昭和四六年ころ、真鶴町は、町道長坂住宅線改良工事(以下「本件工事」という。)を行うに際し、道路用地として、被告所有の真鶴町岩字馬場七四五番一の土地及び同所七四六番地の土地の一部合計195.71平方メートルの土地(以下「被告所有地」という。)を買収することが必要となつた。

(2) 被告は、真鶴町に対し、右町道として必要な土地を譲渡することには同意したが、その対価として代替地を要求したので、結局、両者間において、代替地をもつて等価交換をすることにしたが、当初充分な代替地がなかつたため、とりあえず、同町は被告に対し、右代替地の一部として同町所有の右同所七四六番四の土地86.79平方メートル(以下「町有地」という。)を譲渡し、右不足分108.92平方メートル(以下「不足分土地」という。)については、被告が同町に対し、3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で売り渡す形式をとることとし、なお、この分については、将来、同町が国鉄から町道岩一一未号線に接続する東海道線の踏切の廃止によつて不要となる同踏切接続道路敷地(以下「国鉄用地」という。)の売却を受けた段階において、右土地のうち108.92平方メートルの土地を3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で被告に売却するという方法で等価交換の実現を図る旨の合意がなされた。

(3) 真鶴町と被告は、昭和四六年一〇月一五日、右合意に基づき、被告所有地に対し、町有地を譲渡し、かつ不足分の土地につき3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円(計八二万三七五〇円)の代金を支払う形で交換する(以下「本件交換契約」という。)とともに、同町が国鉄用地を取得した場合には、不足分土地に相当する面積の土地を3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で被告に売却する旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を取り交わした。

(4) 真鶴町は、昭和五二年三月一八日、国鉄用地の売却を受けたので、本件覚書に基づき、被告との間において、本件売買契約を締結した。

(二)  更に、本件売買契約が前記「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するか否かの判断は、普通地方公共団体の長の自由裁量に属するものであつて、これが随意契約の方法によつたことも同裁量の範囲内のことであるから、原告主張の違法はない。

2  被告と真鶴町は、本件覚書において、不足分土地に相当する面積の土地を3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で売却する旨を合意し、本件売買契約は右覚書に基づいて締結されたものであるから、同売買契約における代金は適正な価額であり、原告主張の違法はない。

3  仮に、本件売買契約が法二三四条二項に違背するとしても、同規定は地方公共団体内部の制限規定にすぎないから、機関の越権行為についての政治的責任が問題となりうることはあつても、同契約の効力に消長をきたさない。〈以下、省略〉

理由

一請求原因1、2及び4の事実は、当事者間に争いがない。

二本件売買契約の効力

1  本件売買契約締結の経緯

〈証拠〉によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  真鶴町は、昭和四六年、本件工事施行に伴い、道路拡幅の用地として被告所有地を買収する必要が生じた。

(二)  被告は、当初、被告所有地と代替地との交換を希望したが、近隣に適当な面積の代替地がなかつたので、真鶴町と被告は、代替地による等価交換をすることとしたうえ、とりあえず、被告所有地に対し、その隣接地であつて、地価もほぼ同一の町有地を譲渡し、かつ、不足分土地については、3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円の代金を支払う形をとり、更に、その不足分土地については、実質的な等価交換を実現するため、将来、同町が、被告所有地の近隣に所在し、地価もほぼ同一の国鉄用地の売却を受けた場合には、その土地のうちから不足分土地の面積に相当する土地を被告に3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で譲渡する旨の合意をし、両者は、昭和四六年一〇月一五日、本件交換契約を締結するとともに、本件覚書を取り交わした。真鶴町における議会の議決すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例(昭和三九年三月一一日条例第一五号)三条は、「地方自治法第九六条第七号の規定により議会の議決に付さなければならない財産の取得又は処分は、予定価格七〇〇万円以上の不動産又は動産の買入れ又は売払い(土地については、一件五〇〇〇平方メートル以上のものに係るものに限る。)とする」と定めているところから、同町長は、同町議会の議決を経ることなく、右覚書を取り交わしたのであるが、同覚書の、一条には、「同町長が被告から道路用地として取得した買収地の一部として、同町長が国鉄所有の真鶴町岩八六二番地の五の鉄道用地の払下を受けたときは、その土地の一部を被告に払下げるものとする。」また、二条には、「当該土地の売買代金は3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円とする」旨記載されており、かつ、同町長及び被告の記名押印がなされている。

(三)  昭和五二年三月一八日、真鶴町は国鉄から本件土地を含む国鉄用地の売却を受けたので、被告は同町に対し、本件覚書に基づき同地の払下げを求めたところ、訴外鈴木光夫が同地の隣接地の所有者であると主張し、右払下げに反対するなどしたので、右払下げの手続が遅れ、同五六年四月一七日に至り、同町と被告との間において、本件覚書に基づき、随意契約により本件売買契約が締結され(右契約が随意契約によつたことは、当事者間に争いがない。)、被告と同町との間の町道用地に関する実質的な等価交換が行われた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、昭和四六年一〇月一五日、真鶴町長と被告との間において、両者の署名押印した本件覚書が取り交わされたことにより、被告所有地との実質的な等価交換を実現するため、同町が国鉄用地の払下げを受けた段階において、被告が同町に対し、同土地のうち不足分土地に相当する土地の売渡しを求めた場合には、同町は同面積分の土地を、3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で売り渡すことを内容とする法律上の義務を負つた売買の予約ともいうべき契約が確定し(法二三四条五項参照)、その後、被告は同町に対して右契約の完結を求めたことから、同五六年四月一七日、同町と被告との間において、同町が被告に対し右払下げを受けた土地の一部である本件土地を3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で売り渡す旨の本件売買契約が成立したものということができる。

2 原告は、本件売買契約が随意契約によつて行われたことは法二三四条二項、令一六七条の二の規定に違背する旨主張するが、本件売買契約は、既に本件覚書によつてその成立が当事者双方の法律上の義務として確定されているところであり、同覚書による契約が令一六七条の二第一項二号にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当し、随意契約によらざるを得なかつたことは前記認定からも明らかであり、更に、これが完結のための本件売買契約においても随意契約の方式によることは当然の措置であつて、右規定に何ら違背するものでないことは明らかであるから、原告の右主張は採用しがたく、また、本件売買契約が右規定に違背することを前提とする原告のその余の主張は、判断するまでもなく、理由がない。

3  原告は、本件土地の時価が3.3平方メートル当たり一七万円であるのに、真鶴町はこれを同町議会の議決なしに3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円で売り渡したことは法二三七条二項に違反する旨主張するので、判断する。

仮に、昭和五六年四月一七日の本件売買契約時における本件土地の時価が3.3平方メートル当たり一七万円であつたとしても、本件売買契約における本件土地の価額は、前記認定のとおり、既に同四六年一〇月一五日の本件覚書による契約によつて3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円と確定し、真鶴町は右価額で売り渡す法律上の義務を負つたのであるから、本件覚書による契約当時において、同価額が適正な対価であつたか否かが問題となりうるにすぎないものというべきであるところ、本件土地と不足分土地の面積は同一であつて(なお、前者は108.94平方メートルであり、後者は108.92平方メートルであつて若干の差があるが、この程度の差は捨象して差し支えないものと解される。)、本件覚書に基づく本件土地の代金額と本件交換契約において真鶴町が被告に交付した不足分土地に対する代金額とは、同額の3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円であり、また、被告所有地、町有地及び本件土地を含む国鉄用地は、隣接地又は近隣地であつて、地価もほぼ同一であるところから、実質的な土地の等価交換を図るために本件覚書による契約が締結され、これが本件売買契約によつて実現されたことは前記認定のとおりである。

そうすると、真鶴町が、本件覚書に基づく契約において、国鉄用地の価額を3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円としたことは、適正な対価であつたものということができるうえ、本件売買契約は、本件覚書と同一内容であつて、これによつて、被告と真鶴町間において被告所有地との実質的な土地の等価交換が行われたことになるのであるから、本件売買契約もまた、適正な対価による譲渡であるということになる。

したがつて、原告の右主張は、その余の点については、判断するまでもなく、採用することができない。

三結論

よつて、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を各適用し、主文のとおり判決する。

(古館清吾 吉戒修一 須田啓之)

物件目録〈省略〉

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